こんにちは。毒親育ち の ぺーたー(@datudokuoya)です。
毎年、夏になると“火垂るの墓”が放送されていましたが、今年はやらないのかな。
待ちきれなくなってレンタルして観ました。
私は火垂るの墓が大好きで定期的に観て泣いています。
もう30年前の映画ですが、やはり超名作。
観たことがない方は一度観てほしいと思います。
さて、今回は
毒親が毒親である理由とアダルトチルドレンができあがる理由
ついてです。
毒親がそうなった背景には何があったのだろうか。
先日読んだ本に、腑に落ちる内容が書いてあったので紹介しますね。
感情を抑え込まれて育った戦後育ちの毒親
戦中・戦後の日本では、子供に我慢をさせ、大人の都合に合わせさせる子育てが主流だったそうです。
日本人は、“気持ちをありのまま感じて表してはいけない“と、感情を抑え込まれていました。
子供が子供らしく天真爛漫にふるまったり、感情を素直に表すことを良しとされませんでした。
学校教育においては静かに座って教師に従い、大人の期待に応えることが良しとされていた。
そのため、子供たちは泣くと怒られ、怒っても怒られ、怖がると笑われ、喜んでも「はしゃぐんじゃない!」と水を差された。
映画”火垂るの墓”では、やはりそのような空気がありました。
戦争中ということもありましたが、当時は実際にそういう空気だったのでしょう。
今の時代のように暴力反対の時代ではなかったため、殴られることは珍しくなかった頃です。
かなり抑圧されていたことが想像できます。
当時は、誰もが生きのびることに精いっぱいで、子供を尊重したり気持ちをくんだりする余裕が全くなかった。
こういった背景があるのです。
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昭和生まれの親は、戦後の価値観で生きている
我慢しなければいけない
競争に勝たなければいけない
人に好かれなければいけない
優秀でなければいけない
強くなければいけない
急がなければいけない
なまけてはいけない
“欲しがりません勝つまでは“の精神でしょうかね。
戦後も物がなかった時代の影響で、そういう考えが根づいたのかもしれません。
アダルトチルドレンの親ができる理由
子供時代に、親からの愛情を受け、やさしくしてもらい、安心させてもらい、尊重してもらい、喜ばせてもらう。
こうした経験を子供時代にできると、子供は“子供をやり切って卒業し、分別をわきまえた大人に成長できる”。
そして、大人になってから他人や子供に同じようにしてあげることができる。
一方、上記のような経験ができなかった子供は、“子供をやりきることができないまま大人になった”ため、身体だけが大人になっている。
見た目は大人、頭脳は子供という“逆コナンくん”なので、いつまでも子供に対して駄々をこねている状態です。
これがアダルトチルドレンの親ができる理由です。
子供時代の欲求が残っているため、親が子を聞き役にして自分のことを喋ってばかりいたり、愚痴を延々と聞かせたりしてしまうのです。
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毒親が子育てできないのは仕方ないこと?
こういった価値観のもとで育てられた毒親世代が、自分の子供に対して同じように接してしまうのは仕方ないことなのかもしれません。
しかし世間の親たちをみてみると、毒親のほうが絶対的に少ないはずです。
そう考えると「時代のせい」で片づけるのは違うように思います。
まとめ
毒親の親は毒親。毒親は連鎖していくなんて言われますが、私はそんなことはないと思っています。
戦争中・戦後の生活が続いているなら別ですが、時代は大きく変わりました。
現代はIT化が進み、今まで誰も知り得なかった情報が簡単に手に入るようになりました。
今では、同じように毒親で悩む方が大勢いることも簡単に知ることができます。
毒親がテレビで特集されたり、ドラマが作られたり、関連書籍がたくさん出たりもしています。
そのおかげで、苦しいのは自分だけではないと知ることができるうえ、毒親対策ができる時代になったのです。
ですから、毒親に育てられたからといって自分が毒親になるとは言えません。
毒親の連鎖を断ち切ることはできます。
「自分は毒親のようにはならない」と強く思い、そのように行動して行ければ大丈夫です。
自分の子供にはたっぷりと愛情を注いであげましょう。
今回は、毒親が毒親である理由についてまとめました。
それではまたお会いしましょう。